日本再興を目指すSNAP発起人『川下俊輔』のキャリア論

SNAP(S:採用を通じて、N:日本を A:熱くする P:プロジェクト)という活動の発起人である川下俊輔さん。

この度、約20年間様々な経験を積まれた中で変化してきた川下さんのキャリア論やキャリアプランをインタビューさせて頂きました。

“やさしさ”と“熱さ”を併せ持つ川下さんの想いは、日本を生きる我々にとって、とても他人事と思えない内容になっています。

キャリア形成の根源は「日本を元気に」|今も変わらない大きなキャリアの軸


キャリア論をお話しするにあたり、まずは就職活動を振り返らせて下さい。

今思えば懐かしくもありますが、私が就活をしていた時代は、今の大卒の就活環境からは想像できないほど、就職が困難な時代でした。

まずはそんな時代背景のお話からさせて頂きます。

就職氷河期を通して抱いた大きなキャリアの軸

私が就活をしていたのは1998年ー1999年で、超就職氷河期でした。

日本中で多くの企業の経営が立ち行かなくなり倒産した時代です。

身近でも、先輩に当たる方が、ある日突然職を失うなどといった暗い時代でした。

そんな時代に影響を受け、私は、「日本を元気にしたい!」という思いを第一に就職活動をはじめました。

この思いは、変わらない私のキャリアの軸となっています。

新卒就活時は、「日本を元気にしたい!」という思いから、「世界で通用する世界No.1企業を日本から生み出したい!」という軸で就職活動をはじめました。

日本の製品・サービスを世界展開し普及させることで日本のプレゼンス向上、ひいては明るい日本を取り返す環境ができるのではないかと思いました。

そのために、個人としては「自身が巨大企業を動かせるだけの実力をつける必要がある」と考え、日系グローバルの大企業を志望しました。

私が就職していた1999年は、まだインターネットでの情報収集はやっていなかった時代でしたので、分厚いリクルートの就職雑誌を買ってきて、そこについている資料請求はがきから資料を請求して、情報収集していました。

キャリアの軸は「思い」から

新卒就活時は、「日本を元気にしたい!」という思いを軸にしていましたが、その思いを抱いたきっかけとなった就職氷河期以外にも、育った環境が大きく影響していると感じています。

私は父親の仕事の関係で、小学校2年生から中学一年生までアメリカで育ちました。

どこにいっても「日本人」であることを意識せざるを得ない環境のなかで、いつのまにか日本人としてのアイデンティティーを強く持つようになりました。

その頃から日本のことをよく言って貰えると本当に嬉しくて、自分のことのように喜んでいた記憶があります。

Japan as No.1という書籍が出版されたり、SONYのウォークマンや日本車が市場を席巻し、当時の日本の強さ・良さが世界中から認められていた時期になります。

そんな私が就活をしていたのは先ほども申し上げた通り、1998-1999年、超就職氷河期と言われていた、それはもう日本が非常に暗く、どんよりしていた時代でした。

山一証券がある日突然倒産したり、銀行が不良債権を抱え苦しみ、廃業に追い込まれたりしていた時期になります。

子供の頃から自分のアイデンティティーとして大切に思ってきた『日本』が、明るい未来を描けずにどんどん寂しいものになっていくそんな状況のなかで、この国をもっと元気にしたい!と思うようになりました。

当然、どうやったら元気になるのか?という高尚なアイデアはまったく持っていませんでしたので、漠然と「日本の良さを世界中に知ってもらいたい」「世界一の日本企業が生まれたら、日本が自信を取り戻すきっかけになるのではないか?」という思いで、就職活動をしていました。

『人』と、人生の軸の変化|1つのキャリアに留まらない人生の「思い」

就職してからは、「1つの分野で圧倒的なビジネスマンとしての競争力を身に着け、影響力ある立場へ駆け上がること」を意識してやってきましたが、異動先の部署でキャリアの軸が変わるきっかけがありました。

変化したキャリアの軸

新卒で入社してからサプライチェーンマネジメントに関係する本部で仕事をしていましたが、13年目の1月に人事へと異動になりました。人事で採用を担当するようになってから、キャリアの軸が変化しました。

採用や教育に携わるようになり、『ひと』への関心が自然と高まり、その視点で社会を見てみると、未来の産業をつくっていく人材の育成が現在の産業を強くしていくことと同じぐらい大切であることを実感しました。

しかし、「人材の育成」は日本ではあまりにも基盤が弱く、何とかしなければ、と感じるようになり、日本の人材育成基盤強化に意識がいくようになりました。

人事に異動する前までは全く描けなかった社会像がイメージできるようになりましたね。

現状の日本の教育は、産官学連携の取組みがある特定の分野でしか存在しておらず、社会全体の人材基盤強化を推進していくための箱もなければ、手法も存在していないため、多くの学生がその溢れんばかりのエネルギーを未来へ繋がるための正しい場所に投下できていない状況にあると思っています。

目指す社会の実現のため、取れる手法は様々あると思いますが、自分の現時点の能力、リソースを踏まえると、現職の影響力やリソースを最大限活用しながら、産学連携で取り組むのが良いと判断しました。

現在は、本業と平行して産学連携での「キャリア教育」分野での活動を行っています。

実際に、普通のサラリーマンである私ですが、多くの方へメッセージを届けられ仲間も増やすことができたと実感しています。

人生に影響を受けたもの

『教育』への関心のきっかけは、人事部への異動と採用活動に関与するようになってからですが、私の人生・キャリアは、本業に加えて「キャリア教育」での人材基盤強化を志した時に大きく変化しました。

これはその当時に多くの素敵な方々と出会え、刺激を受け、学ぶことの大切さを知り、視野が広がったことが大きな要因だと思っています。

とにかく「ヒト」に影響を受けたなぁ、というのが実感です。

組織人事コンサルタントの樫原さん(@kasshyjp)、JOBWEB代表の佐藤さん(@kojisato515)、 SNAP(S:採用を通じて、N:日本を、A:熱くする、P:プロジェクト)の皆様には特に大きな素敵な影響を受けています。

加えて、本論とは少し離れますが、会社の研鑽休暇制度を利用し、リンクアンドモチベーションさんでインターン生として実際に中で働き、学ばせて頂いたことも現在の自分にとって、非常に大きな影響を与えてくれている出来事の一つだと思っています。

今後のキャリアプラン|日本再興を目指して


今後のキャリアプランですが、自分の強みを活かした本業での成果出し(経営コンサル、サプライチェーンマネジメント、中国ビジネス)と、ライフワークと位置づけている産学連携での「キャリア教育」分野での活動を通して、今後の日本社会をもっと元気にしていくための人材育成基盤を構築していくことを目指しています。

本業でトコトン頑張り、少しでも日本の産業を強くしていくお手伝いを今後も継続して実施、同時にライフワークとしての「キャリア教育」の発展に貢献できる産学連携の取組みを加速させたいです。

川下さんのキャリアまとめ


いかがでしたか?

何よりも「熱い思い」を第一に、より広いキャリア観で仕事をされている川下さんのインタビューに考えさせられるところがあったのではないでしょうか?

是非、ご自身のキャリア形成に参考になったなと思ってくださった方は、この記事をSNSでシェアして頂けると嬉しいです。
最後までご覧頂きありがとうございました。

川下俊輔さんのキャリア
最終学歴 慶応義塾大学商学部卒(ゼミでは科学哲学を専攻)
卒業年度 1999年度(2000年3月卒業)
職務経歴
  • 2000年4月:大手メーカー(従業員はグローバルで30万人以上)へ新卒入社
  • 2000年4月-2013年12月:サプライチェーンマネジメントに関係する本部へ配属。2回の中国駐在を経験。
  • 2014年1月-2016年12月:人事へ異動。採用リーダーを務める(中途・新卒)
  • 2016年1月:有志活動としてSNAP始動
  • 2017年1月:調達本部へ復帰。現在に至る